次和の子供の頃からの夢だった「商売人になる」は、達成されました。
しかし今度は、彼の次なる夢が動き出そうとしていました。
それは「京都で一番のラーメン屋になる」ことでした。
屋台から店舗へと居を構えた次和は、店づくり、味づくり、人づくりを着実に実践し、その夢に近づいてゆきます。
この章では、さまざまな試練と成長を繰り返しながら、ラーメン横綱が組織としてまとまってゆく成長過程を中心に辿ってみましょう。
1.二人三脚の毎日 〜夫婦で店作り
意欲と自信に満ちた次和の店を、屋台の頃からの常連さんが訪れるようになりました。昼は近くの営業マンたち、夜はトラックの運転手さんやホステスさんたちです。気さくな次和を常連たちは「大将!」と呼び、狭い店内はいつも活気と笑い声であふれていました。お昼のピーク時は、従業員が聞いてきた注文をもとに次和がラーメンを作り、できたラーメンに弘江が焼き豚、葱などの具を盛り付け、従業員に指示してお客様に出す。仕事はいつも、夫婦ならではの阿吽の呼吸で行われていたといいます。次和の口癖の「横綱の今があるのはあいつのおかげ」という言葉はその当時の弘江の仕事ぶりを思い出してのことでしょう。
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