ラーメン横綱
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■■■ 横綱の歴史 ■■■

【第三章】セントラルキッチン構想 〜成長期〜
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挫折も乗り越え、発展への基礎固めとなるラーメン横綱。
次和の夢はしだいに、「京都一になる!」から「日本一になる!」へと変わってきていました。
高野店オープンの後、次和は久御山店、枚方店と次々に新店舗をオープンさせ、「企業体」をめざして(株)横綱食品を設立し、セントラル・キッチン方式も完成させました。この章では、確かな組織づくりを進めるラーメン横綱の成長期を追ってみましょう。


1.直営店の多店舗経営 〜フランチャイズへの誘いの中で
次和はラーメン横綱の社員がまだ10名ほどだった頃から「人材教育」に力を注いできました。それは次和が多店舗展開をフランチャイズではなく「全店直営」にこだわったからです。「店舗を増やしたとき、お客さんがどの店に行っても同じ味とサービスを受けられないとあきません。私の考え、心意気が全ての店で、お客さんに伝わらないとあきません。で、そのためには、それを達成してくれる社員をたくさん作ることが一番大事と考えたんです」と彼は言います。次和は、自分が教えた社員、次和の心意気を理解し実践してくれる社員にのみ、店を任せようと決めました。フランチャイズ経営を勧める専門家の誘いを断り、あくまでも直営での多店舗展開をめざすことにしました。そして、直営にこだわった次和に、今度は各店舗での作業量のバラつきと味のバラつきをどうするかという、夢をつかむための現実が新たな問いを突きつけていました。


開店前。スタッフが揃って朝礼を行う。
大きな声が出ているか、店の隅々まで気配りができているか。
毎日、初心にかえる。


2.それは、麺づくりから始まった 〜横綱食品の設立
お客様に「どのお店に行っても美味しい」と言わせたい・・・。次和は、味の均一化、店舗での作業量の均一化、軽減のために食材を自社で生産することを決意します。 1987年(昭和62年)「株式会社横綱食品」を設立し、京都市南区久世に125坪の土地を購入、延べ床面積145坪の鉄筋コンクリート造りの2階建工場を作りました(現・総務部設備工場として稼動)。食材の自社工場生産という新たなシステムのもとで、店長の仕事はしだいに仕込み作業から店の運営へとウエイトを移しつつありました。多店舗展開が進む中で、ラーメン横綱の仕事の流れがどんどん変わり始めていました。
横綱食品の設立から1年半後、自社工場生産が軌道に乗ったことを確認した次和は、平成元年1月「久御山店」、同年12月「枚方店」をオープンさせます。ラーメン横綱は多店舗展開への道を、本格的に歩みはじめていました。しかし、最大の難関、スープの工場生産の計画まではまだできていませんでした。


久世工場、製麺ライン横の小麦粉サイロ。
15tの小麦粉が保管されている。
ひと月100tを消費する。


3.スープ作りに掛ける熱い思い 〜セントラルキッチン完成
「包丁もない、まな板もない店にする」それは、外食産業、飲食店としては考えられないことでした。しかし、次和は「包丁さばきの職人」ではなく「店舗運営のプロ」を社員に求めました。
昭和60年にスタートし、すでに軌道に乗っている製麺に加え、ついにスープも自社工場で作って各店に配送するというシステムに着手し始めました。平成3年(1991年)5月。(株)横綱食品久世工場では、スープ製造プラントが設置され、スープ製造のための実験研究が始められようとしていました。


4.一大転換期 〜川越店オープン
平成3年9月20日、工場で製造したスープを使用する店としてははじめての「川越店」がオープンしました。この「スープを工場で生産する」ことの成功によってラーメン横綱はまた新しい道を歩み出します。すべての原料を一括して仕入れ、中央で作って各店へ配送する。できあがったスープと麺、具材、ギョーザなどは温度管理の行き届いた専用トラックで毎日各店舗へ配送する。仕入れにも製造にも無駄がないから、価格が抑えられ、より安定経営をめざせる。これで、麺と具に加え、スープに至るラーメンのすべての原材料を作り、各店舗に配送するシステムができあがりました。ラーメン横綱のセントラルキッチンシステムがここに完成したのです。


建設途上の久世工場。生産量は、一挙に5倍。
夢を実現する拠点である。


5.新工場の完成 〜従来の五倍の生産量へ
平成5年、横綱食品の新工場は、それまでの約5倍の生産量を誇る一大生産拠点として誕生しました。冷凍庫30坪、冷蔵庫85坪。製麺機も一新されました。ボタン一つで15トンの小麦粉サイロからミキサーに自動給粉され、麺となって出来上がり袋詰するまでを全て自動で行うプラントです。
新工場が稼動を始めた翌月から、ついにラーメン横綱の大阪での出店ラッシュが始まりました。平成5年11月に平野店がオープン、その後高槻店、中環堺店、堺鳳店、寝屋川店、柏原店、枚方店となんと14ヶ月の間に7店舗。平均して2ヶ月に1店舗のペースでのオープンでした。
工場生産のスープを成功させ、それを足がかりに出店攻勢をかけ、飛躍的な進歩を遂げた次和率いるラーメン横綱は、京都、大阪、三重に16店舗を展開するに至りました。しかもそれに満足することなく、さらに次和には新たな目標が見えていました。



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