挫折も乗り越え、発展への基礎固めとなるラーメン横綱。
次和の夢はしだいに、「京都一になる!」から「日本一になる!」へと変わってきていました。
高野店オープンの後、次和は久御山店、枚方店と次々に新店舗をオープンさせ、「企業体」をめざして(株)横綱食品を設立し、セントラル・キッチン方式も完成させました。この章では、確かな組織づくりを進めるラーメン横綱の成長期を追ってみましょう。
1.直営店の多店舗経営 〜フランチャイズへの誘いの中で
次和はラーメン横綱の社員がまだ10名ほどだった頃から「人材教育」に力を注いできました。それは次和が多店舗展開をフランチャイズではなく「全店直営」にこだわったからです。「店舗を増やしたとき、お客さんがどの店に行っても同じ味とサービスを受けられないとあきません。私の考え、心意気が全ての店で、お客さんに伝わらないとあきません。で、そのためには、それを達成してくれる社員をたくさん作ることが一番大事と考えたんです」と彼は言います。次和は、自分が教えた社員、次和の心意気を理解し実践してくれる社員にのみ、店を任せようと決めました。フランチャイズ経営を勧める専門家の誘いを断り、あくまでも直営での多店舗展開をめざすことにしました。そして、直営にこだわった次和に、今度は各店舗での作業量のバラつきと味のバラつきをどうするかという、夢をつかむための現実が新たな問いを突きつけていました。
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