現場で陣頭指揮をとる店長、数店舗を統括するブロック長なども育ち、組織としても安定してきたラーメン横綱は、今までの「規模の拡大」から「中身の成長」へと力を傾けます。
攻めばかりでなく、将来への基礎づくりを着実にしてゆくこと。
創業以来の努力を糧に、将来への安定した経営基盤づくりを推し進めるラーメン横綱の第二成長期を紹介します。
1.「東」への第一歩 〜(株)横綱東海の設立
1平成5年から7年にかけて大阪の店舗を次々とオープンさせていたとき、次和の目は同時に「東」へも向けられていました。「東」の最終目標はもちろん東京です。でもその前に、その途中に位置する大商圏である東海地区を見逃すわけにはいきません。大阪への出店が一段落してすぐに、次和は「東」へ進むことを決心します。東への第一歩は愛知県を含む東海地区です。そのためにまず新会社「(株)横綱東海」を設立し、愛知県の人口、交通量、商圏など徹底的に調べ上げました。その後平成7年6月に愛知県安城市に安城店、名古屋市港区に港店、刈谷市に刈谷店と次々に出店していきました。この時点で横綱グループは京都府8店舗、大阪府8店舗、三重県1店舗、愛知県3店舗と近畿、東海二府二県にまたがり20店舗を展開するに至りました。
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